手品で手品の種がすぐわかっても大きな顔をしないほうがいいと伊藤は思う。
【自分がわかったくらいだから、どうせ周りのものも、わかっているわ】と考えるべし。
これはツーネガ(TOO NEGATIVE)アマノジャクということではなく、ちゃんと周りを見て客観的事実をとらえよというという事だ。
手品で手品の種がすぐわかっても大きな顔をしないほうがいいと伊藤は思う。
【自分がわかったくらいだから、どうせ周りのものも、わかっているわ】と考えるべし。
これはツーネガ(TOO NEGATIVE)アマノジャクということではなく、ちゃんと周りを見て客観的事実をとらえよというという事だ。
どこまでを最近と呼ぶかは定かでないが、最近の子たちには【もったいない】という概念がないようである。
30-40年前の人にはあったものが今の人にはない。
ただ気に入ったものを大事にするのは今も昔も同じである。
さて、チューリップの歌に【虹とスニーカーの頃】というのがある。
この歌の中に出てくる歌詞に以下のものがある。
【白いスニーカー汚さないようにはだしで雨の中歩いた】
正気の沙汰とは思えないが。
モノを大事にする若者像は麗しいが。
私は後者である。
夏の昼下がりとはいえ。。。。。ねー・・・・
ちなみに歌詞に【虹】という表現が直接出ていないのもいいねー。
ナチスは全体主義、ニーチェは個人主義なので伊藤琢哉。
ここでの個人主義とは個を大切にしてからでないと本当の全体主義ができないという伊藤琢哉の考え方。
私の英語の成績は良かったが全国で見るとお笑い者だろう。
でも英語の勉強が好きだった。
中学時代、友達がいなかったので平穏に暮らせてよかった。
チョウチンアンコウはのメスを見つけたオスは、その体にかじりつき、そこからオスの循環系と組織はメスに融合する。
メスの血液から栄養を得られるようになる代償に、オスは目や、歯、ひれ、ほとんどの内臓を失い、精嚢だけとなる。
オスは自分がやりたいからやっているのでみじめではない。
これは人生にも言えることで失敗がわかっていてもやりたいことがある。
例えば、失敗がわかっている非力な受験生も、もう不合格が受験を始めた時から決まっていても受験勉強をやっている過程に重きを置くので結果は気にしない。
私たちは、チョウチンアンコウから学ぶことは多い。
学校とは【ギリギリ建前を守ってくれるフレーム】
中高一貫校に突入す
おまけ付き