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大衆≒伊藤琢哉

top-05皆さんおはようございます。
ITO ACADEMY塾長の伊藤琢哉です。

大衆とは専門人の事です。

科学者も含む。【例えば東大教授で原発の権威の以前ブログに書いた科学者たち】

つまり狭い角度から、狭いことしか知らず、それで十二分に満足して、他の事を知ろうとする人たちをアマチュアとかディレッタント
に過ぎんと言って軽蔑して、自分の専門だけで満足している人。

今の日本に山ほどいますよね。
そういう人間こそが、簡単に言うとバカ者の典型であり、大衆の見本だと思うのです。

決して、貧しい人とか一般民衆を馬鹿にしているんじゃないということです。

知識は腐るほどあっても、知恵のない人たち。

大学教授や予備校講師に多い。

えせインテリとして塾経営(これしかできない)をのびのびとやらせていただいておる小生も大衆の端くれと自覚しております。
不束者(ふつつかもの)ですが、今後とも、よろしくお願いいたします。

塾の料金も勉強と同じで受身はダメ

皆さんおはようございます。

ITO ACADEMYの伊藤琢哉です。

塾にお問い合わせされる際は、お電話でも、お問い合わせフォームでも構いませんが、ご自分でしっかりとご自分の人格を鍛えて、ご自分の意見も練磨して、責任と勇気をもって、ネゴコースで料金の事をご発言ください。
主体性を持たない方々のデモクラティズム、民主主義というものは、それは結局民主主義から塾長の独裁主義(政治)をもたらすことになりかねません。

皆さんと手を取り合って、快適に過ごせる、自他共に満喫できるITO ACADEMYにしていこうではありませんか!

2講義

ご家庭のお財布事情に優しい塾

皆さんおはようございます!

ITO ACADEMY塾長の伊藤琢哉です。

ITO ACADEMYはネゴコースがあるので英語や予備校や損保で鍛え上げられた私を負かす実力のある方なら料金は安く交渉できます。

中々難しいですが、塾に貢献していただける人なら、安くできます。

【塾に貢献してくれた今の塾生の例】

・お父様が何時間もかけて教室・廊下・トイレをお掃除してくれている。

・お歳暮のようなものを毎回持ってきてくれている。

・バレンタインや誕生日にはプレゼントをもってきてくれた。

・前の塾の教え方やテキストを示して改善策を求められた。

・テキストは過去問、問題集、参考書を親御さんが私の分も含めて即、購入してくれる。

・サプリメントを購入してくれた

・毎回眠気覚ましにコーヒーの入れたてと、喉がかれるといけないので中性脂肪を抑えるヘルシアというお茶と延長するときは缶コーヒーも買ってきてくれる。

このような方は正規料金より安く、受講できています。

つまり一言でいうと、優秀な方が正規料金でなく、受講できるわけです。

授業

雑談

皆さんこんばんは。

ITO ACADEMY塾長の伊藤琢哉です。

大手予備校人気講師で以前全部雑談という講義の講師の方がいらっしゃいました。

このころの講師の講義は、第2のベビーブームのころなので笑わせてくれたから勉強を自分でやる気になったというインセンティブ的な意味で学生に間接的に役に立っていたんですね。

しかし近頃は受からない講義でわかりやすい講義だけを受けに行く人は大手に行って一流大は滑り、マンツーマンの隠れ家的塾にいそいそと通塾し直して受かっていきます。
マンツーマンの雑談は 、カウンセリング的要素を多分に含みますので、追加料金が本来発生するぐらい付加価値のあることです。
大の大人が多大な時間を傾注してくれる、悩みごとをマンツーマンで聞いてくれる、こんなマンツーマンがあったらお財布と相談していった方が良いでしょう。

料金も大阪のおばちゃんのようにネゴすればいいじゃありませんか!

衛星授業など15年以上も前から学生は雑談のところだけスキップして聞いている人が多かったですよ。

でも逆に雑談だけを聞きに行く人もいました。自学自習ができる人は良いでしょう。

大手予備校というところの講師は自分のテクニックを確立しているタイプか、話が面白いタイプか、熱血タイプか、前歴だけを売りにするタイプか、ベテランタイプか、教えるのだけうまいタイプか(意外に少ない、頭でっかちの人が多い)、学者タイプか、3-5つも大学院と大学を出ている学歴オタクタイプとに分けられます。

どの方も偏っているということです。

個人でやっている方は万能プレーヤーです。

お金と時間さえあれば、私の個人的な意見では個人のマンツーマン指導塾へ行った方が良いと思います。

しかし向き不向きがあるので、自分と相談して自分で決断してください。

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大衆(本当は専門人という意味)に受ける塾が人気塾となってしまった。

皆さんこんにちは。

時間が空いたので書かせていただきます。

ITO ACADEMY塾長の伊藤琢哉です。

さて世論とは何でしょうか。
以前も触れましたよね。

【世論=世論ー自分の意見】

この等式で世論を右辺から左辺に移項すると

【世論ー世論=自分の意見】つまり【0=自分の意見】になるでしょう。

これはなかなか言い得て妙だと思いませんか?

ほとんどゼロに近いものを山ほど集めて、巨大な雰囲気になっているのが世論。

この塾がいいというボス的存在のお母さまの口コミが世論になり世論に抗すること能わずとなる。

この時点で悪評高き塾でも行ってみると良いかもという自分の意見が入らないことになる。(無茶苦茶良い塾かもしれないのに)

【世論-自分の意見】というのは、絶対他者を入れない、自省が入らないということで、まさにそれが世で俗にいう大衆かなという感じがします。

次回は順番が逆になると思いますが、大衆の本当の意味を書きたいと思います。

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歴史②

皆さんこんばんは。

ITO ACADEMY塾長の伊藤琢哉です。

私はやはり歴史を考えた際に、物語性が重要になってくると思う。

物語になれば、克明な調べものをしなくても、あなたとこうしゃべっていてね、あなたのご両親はどんな人かなとか、物語として想像できるということですけれどもね。

つまりオーラルヒストリーというか、日常生活の中のなかなか言葉にしにくい部分ですね。

私が文献にこだわるのは、昭和2年の日本の金融恐慌【失言恐慌】が思い出されるからです。

これは官僚は責任逃れのために民間の銀行経営者に全部押し付けるわけですね。

そうするとこちらの方はしゃべれない。

取り付け騒ぎを起こした責任については、官の方が書いたものだけが残るわけです。

私はそのあたりの文献になったものに対する、ならなかったものとの対比が気になって仕方がないので歴史に関心があるのです。

つまり歴史の新発見【そこが知りたい】なのです。

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歴史①

皆さんこんばんは。

ITO ACADEMY塾長の伊藤琢哉です。

ドイツ語では歴史の事をゲシヒテといって、記録という感じが強い。

それに対して英語のヒストリーの方は、もともとはストーリー、物語なんですよね。

だから両者の間にはちょっと隔たりがあるようですね。

もちろんこれはどちらも両方含んでいるんですけれどもね。

次回に続く。

上下さかさまになるかもしれません。

歴史②⇔①に

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自分の人生にも歴史を感じる

皆さんこんばんは。

ITO ACADEMY塾長の伊藤琢哉です。

歴史とは何か?

EHカーじゃないけれど。

歴史を一般的には、文献主義的に見る人が多いと思う。
がしかし歴史というのは、文献でないものへの省察というのがあるべきだったんじゃないかと思うんですよね。

でもどうしてそれに到達できるのか考えてみたら、すでにないもの、どこを探しても見つからないものは、勝手なお前の想像・憶測に過ぎないじゃないかと言われる。
でも今現在ここにあるもの、人間の付き合いでもいい、男女でも親子でもなんでもいいけれど、そういう現にあるものを、克明に仕分けしていくと、、今あるものの中に、過去が織り込まれていることを感じるでしょう。
特に感じるのは、やはり言葉ですよね。

言葉も流行に連れて変わりますけれど、それこそ松尾芭蕉じゃないけど、言葉が曲がりなりにもつながる以上は、不易のもの変わらざるものは感じ取りますでしょう。

自分の人生をいささか丹念に見ていると、歴史を感じるんですね。

自分から言葉が全部出ていると勘違いするな!!

皆さんこんばんは。
ITO ACADEMY 塾長の伊藤琢哉です。

さて我々の言葉って、わかりやすく言えば、父親だとか兄弟とか村人だとか、誰かから伝えられたものですよね。
自分の言葉を自分で発明したわけじゃないでしょう。

そうなってくると、歴史批判というのは、、時代の反映だから、時代に対する闘いだからやむを得ないけど、

何かを受け継ぎながら自分で咀嚼して、また何かを分泌していくということですよね。

例えば【どこそこの塾が評判がよさそうよ】という言葉がどこから来てどこに行くのかということについての配慮が足りないというか、、自分から言葉が全部出るかのようにふるまう人は発言力のあるお母さんとして信頼されるのが、非常に気になってるんですけどね。

どこの塾が良い?

皆さんこんばんは。
ITO ACADEMY 塾長の伊藤琢哉です。

ココの塾が評判が良い。

口コミもよいようだ。

上記のようなメルクマールで塾を選んでいませんか?

事実はわかりませんよ。

事実は解釈次第で、意味づけ次第、表現の仕方によるということが分からない人が、事実が石ころのようにあると思っているのでしょうね。

そしてそれを持ってきて事実だ事実だと言って積み上げる。
そんなものに引きずられて、人間が言葉の表現力、特に想像する力をなくしていくのは、鎖につながれて躍る猿のようなものでしょう。

塾選びは、どんな悪い評判があっても、ご自分の目でもって確かめるべきものだと思います。

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