ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。  たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。

 

本文  ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
現代語訳 ゆく河の水の流れは絶える事がなく流れ続ける状態にあって、それでいて、それぞれのもともとの水ではない。
本文解釈 「ゆく河の流れ」というのは、流れて行く河の水のことを指しています。河が流れて行く様子を見ていると、池や沼とは異なり、とうとうと流れて行き、その水の流れは、河がなくならない限り絶えることはありません。『方丈記』の作者とされる鴨長明は、流れる河の水が、二度と戻らない事を見、「無常」という仏教の言葉と重ね合わせて、「常に同じものはこの世には無い」と強く感じて、この冒頭の文章を書き始めたと多くの人に解釈されています。 鴨長明の生きた時代は、戦乱が多く、天災や火災も多かったということが、『方丈記』の中に描かれています。 世の中に常なるものがないけれども、河の流れ自体は絶えないというある種の「歴史観」を、鴨長明は河にたとえて描きました。 「爽健美茶」のコマーシャルソングとしてよくしられる森山直太朗の「時の行方 ~序・春の空~」という歌でも「自然の移ろい」に時の流れをたくし、美空ひばりの「川の流れのように」では時の流れを河の流れにたとえていますが、これらの「時」の感覚は、鴨長明の『方丈記』の冒頭によって強く印象付けられ、鴨長明が感じた無常観は、『方丈記』によって伝えられて、現在でも、多くの文学作品に登場します。
文法解説 「絶えずして」の「ず」は打消しの助動詞「ず」の連用形です。「して」は、接続の助動詞「して」で、「-の状態にあって」という意味です。「しかも」は、もともと接続詞でしたが、ここでは、副詞で、「それでいて」というように使われています。今現在では、「なおその上に」という意味で使用されることが多いですが、ここでは、「それでいて」と訳されます。現代語訳のところで、何故「それでいて」と訳すかについて現在の古文の先生の多くの解釈についてお話しますが、ここで、少し立ち止まって、何故そう訳すのかを考えてみてください。「あらず」の「ず」は打消しの助動詞、「ず」の終止形です。
簡潔な現代語にすると、「流れゆく河の水の流れは絶えて無くなることがないが、それでいて、流れる水の一つ一つは同じ水ではない。」と訳せるでしょう。「ないが」の「が」という訳は、おかしいと感じられるかもしれません。しかし、「流れゆく水は絶えなくて(常なるもの)」と「同じ水ではない(無常なるもの)」という相反する考え方を繋ぐためには、「が」という語を使い、「それでいて」を活かすとよいでしょう。一般的には、「行く川の流れは絶えることなく、それでいて、この瞬間に流れている水はもとの水ではない。」という訳がされます。

この世に同じものなど二つと無く、それでいて、流れ自体が絶えないという、仏教の世界観に貫かれた書き出しといえるでしょう。

よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世中にある、人と栖(すみか)と、又かくのごとし。

たましきの都のうちに、棟(むね)を並べ、甍を争へる、高き、いやしき人の住ひは、世々を経て、尽きせぬ物なれど、是をまことかと尋れば、昔しありし家は稀なり。或は去年(こぞ)焼けて今年つくれり。或は大家(おほいへ)ほろびて小家(こいへ)となる。住む人も是に同じ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕に生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似りける。

不知、生れ死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る。又不知、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、主と栖と、無常を争ふさま、いはゞあさがほの露に異ならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども、夕べを待つ事なし

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